金融ネタとか備忘録とか

社会人6年目になりました(23年4月)。個人的に勉強したことをメモしていきます(2018年3月)。

「物価の財政理論」についてのメモ

概要
  • 先日CMA協会による,日銀の出口戦略に関するセミナーに参加しました。

  • その講演内で用いられた「物価の財政理論」に興味が出たので,(自己満足ですが)メモを作りました。

  • 理解の仕方が粗い気がしますので,解釈を間違えている可能性大ありです。

「物価の財政理論」とは

 物価の財政理論(Fiscal Policy of The Price Level,以下FTPL)は,Cochrane(2001)*1 により発表された考え方であり,大まかに言うと

「政府と中央銀行の予算が統合され,名目金利が政策操作手段であるような状況において, 均衡では物価水準が財政計画によって決定される」

という理論(だそう)です。

 ちなみに,最近C.シムズが日本経済への提言でFTPLを紹介したことから少し話題になりました。 このシムズの提言については,後述します。

モデル

 FTPLを用いたマクロ経済政策的な議論は,政府と中央銀行を一つの「統合政府」という経済主体と見なし,その統合政府の予算制約式を求めることから始まります。

 以下では,実質利子率  r が要求利回り(時間選好率) \rho に等しいような 長期均衡をイメージします。FTPLの式は長期均衡(定常均衡)において成立し,中央銀行による名目金利の選択は長期的なインフレ率の選択と同義になります。

1. 中央銀行

 中央銀行はその性質上,無利子で貨幣を発行することができます。 そして,それから貨幣鋳造収入(いわゆるシニョレッジ)を得ることができます。 今期から来期にかけて得られる名目シニョレッジは,名目貨幣供給残高  M^{s}名目金利  i を乗じたもの, M^{s} i になります。

 その名目シニョレッジを実質金利  rで現時点まで割り戻し,現在の物価水準  P で実質化すると, 実質シニョレッジ

 \frac{ M^{s} }{ P } ( i - r )

を得ることができます。また,フィッシャー方程式より

 \frac{ M^{s} }{ P } \pi

と書き直すことができます。ここで, \pi はインフレ率です。

2. 統合された政府の制約式

 上述したように政府と中央銀行を一つの経済主体(「統合政府」)とみなし, 政府支出が,税収とシニョレッジでまかなわれるようなケースを想定します。

 政府債務(国債)についての実質年間利子負担は,実質政府債務  (B/P) に実質金利  r を乗じたものになります。 統合政府の予算制約式は,

 \frac{ B }{ P } r + g = t + \frac{ M^{s} }{ P } \pi \tag{1}

となります。ここで,

 \frac{1}{r} = \frac{1}{1+r} \frac{1}{1 - \frac{1}{1+r} } = \frac{1}{1+r} \sum_{i=1}^{ \infty } {( \frac{1}{1+r} )}^{i-1} \tag{2}

であるので,(1),(2)式から

 \frac{B}{P} = \sum_{i=1}^{\infty} \frac{t-g}{ {(1+r)}^{i} } + \sum_{i=1}^{\infty} \{ \frac{1}{ {( 1 + r )}^{i} } \frac{ M^{s} }{ P } \pi \} \tag{3}

を得ることができます。  t は課税, g は政府支出です。

 統合政府の予算制約式(3)をみると,現在の実質国債残高  B/Pは, 将来のプライマリー・バランスの割引現在価値(右辺第1項)と,将来のシニョレッジの割引現在価値(右辺第2項)の 合計と等しくなければなりません。

 FTPLとは,統合政府の予算制約式(3)を満たすように(左辺)の現在の物価水準  P が決まってくる (すなわち,(3)を均衡式として考え,それに対応するように Pが決まる)という考え方です。

FTPLの理論的特徴

 新古典派に代表される一般均衡理論のフレームワークにかぎらず価格決定理論においては通常, 市場の需要と供給が一致するところで均衡価格を導出します。

→しかし,FTPLでは標準的なアプローチである市場の需給均衡ではなく,統合政府の予算制約式が満たされるように現在の 物価水準が決定されます。 すなわち,FTPLでは統合政府にかぎって標準的なメカニズムと大きく異なるメカニズムで,予算制約の関係が成立していることになります。

 これに関しては学術的な批判もあり,Buiter(2002)*2では,

一般均衡理論のフレームワークにおいては,政府も含めたあらゆる経済主体で予算制約が満たされることを前提に意思決定をし, その結果生じる財の需給が均衡するようにあらゆる均衡価格が決まってくる。

→しかしFTPLでは,統合政府の予算制約のみが他の経済主体の予算制約と異なったメカニズムにしたがうので, 整合性がない。 よって,統合政府の予算制約が均衡するような説明力があるメカニズムが必要となる。

といった感じで批判されています。

シムズの提言について

 2017年2月にノーベル経済学者のC.シムズが日本経済に対する提言として,財政出動の必要性を訴えたと一時期話題になりましたね。

 ロイターの記事*3をそのままベタ貼りすると,

「[東京 1日 ロイター 2017年2月1日 / 16:13] - ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学クリストファー・シムズ教授は1日、日本経済研究センターで講演し、プラスの物価上昇を実現するには現在の財政赤字を拡大することが役立つとの「物価水準の財政理論」を前提に、将来不安により支出が萎縮している日本で必要なのは継続的な財政拡大とインフレ実現への政治的コミットだと指摘した。基礎的財政収支プライマリーバランス:PB)黒字化に固執するとデフレから脱却できないとした。

現在安倍政権は、PB黒字化を2020年度に達成するという期限を決めているが、同教授はそれは誤りだとみている。

日本では「短期的な景気対策としての財政拡大は次の増税で穴埋めされると人々が感じて支出が抑制されているほか、高齢化による将来不安も重なっている」と指摘する。PB赤字の拡大をインフレ実現とリンクさせれば、将来にわたって財政赤字が拡大するとわかり、国債価値が下落。それによって国債保有から実物消費へのシフトが起こり、物価が上がるとの理論を展開した。

「日本で物価上昇に向けた効果を高めるためには、消費増税を先送りすることが望ましい」とし、「財政拡大とインフレがひも付られていることを国民に認識してもらう必要がある」とした。インフレ実現により、政府債務一部削減も実現できるという。

ただインフレは国民にとっては税金と同じような負担となるため、政治家はインフレを目指すとはなかなか言い出しづらい面もある。

シムズ教授は、米国では選挙を経た後にインフレ宣言を行うことで人々のインフレ期待の上昇に効果があったとも説明。「日本においてはさらに、年金生活者が増えてインフレで負担感が増すこともあり、特に政治家から言い出しにくい状況がある。国民の間からインフレを求める声が出てくることが必要だ」と指摘した。」

 まあ,短く言うと「インフレ目標が達成されるまで消費増税と財政黒字目標を凍結しろ」ってことですね。

この考え方は,(3)式の右辺第1項を政策的に操作するということです。

 しかし,もし政府がこのような宣言をし,それが完全に信用されるなら,インフレ目標が達成された時点で増税されるわけですから, インフレは起こらないという,いわゆる「リカードの等価定理」がテンプレみたいに成立するということですわな。

所感
  • FTPLの考え方がちょっと亜流すぎて,理解するのが難しかったです。

  • 久しぶりにマクロ経済学やりました。

(追記2018/3/10)

「物価の財政理論」とはでCochrane(2001)と書きましたが, 正しくはWoodford(1995)*4により発表された考え方でした。 すみませんでした。

参考文献

マクロ経済学 新版 (New Liberal Arts Selection)

マクロ経済学 新版 (New Liberal Arts Selection)

新しいマクロ経済学―クラシカルとケインジアンの邂逅

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Recursive Macroeconomic Theory (MIT Press)

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