金融ネタとか備忘録とか

社会人6年目になりました(23年4月)。個人的に勉強したことをメモしていきます(2018年3月)。

非伝統的金融政策の波及チャネル

概要

  • ”非伝統的金融政策がどのように実体経済にはたらきかけるのか”をわりと分かりやすく整理することができたので, 記事にしました。
そもそも非伝統的金融政策とは

 非伝統的金融政策とは,名目金利が非常に低い水準(またはゼロ水準)であり,金利操作による伝統的な金融政策が機能しない状況において政策的効果があるとして実行されるようになった金融政策のことである。 日本では1995年6月に政策金利であった無担保コールレート・オーバーナイト物が1%を下回るようになり, 金利操作による金融緩和を行うことが困難な局面を迎えた。

 そうした状況下で日本銀行は当時世界初となるゼロ金利政策を導入し,以後継続してゼロ金利制約(Zero Lower Bound;以下ZLB)を意識した政策を行ってきた。

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 非伝統的金融政策のパッケージにはいくつかの派生形があるが,Bernanke and Reinhart(2004) *1 はZLBにおいて政策的効果がある政策として,

  1. 将来の予想金利経路に働きかける政策
  2. 非伝統的な資産の買い入れ,
  3. バランスシートの拡大

の3つを挙げ整理している。

 (1)将来の予想金利経路に働きかける政策は,フォワード・ガイダンス政策とも呼ばれ, 将来においてプラス領域の金利水準が望ましいと判断される局面においてもゼロ金利を継続することをコミットする政策である。 金利の期間構造理論に基づけば,短期名目金利がゼロ水準で維持される期間がより長期化すると予想されるほど長期金利に対して下押し圧力がかかる。この効果は,時間軸効果と呼ばれる。

 (2)非伝統的な資産の買い入れは,長期国債や上場投資信託といったリスク性のある資産を積極的に買い入れる政策である。 長期国債の大規模な買い入れは,長期債価格の上昇を通じてイールド・カーブの構成要素の一つであるターム・プレミアムを縮小させ, より長期的な金利経路に対して緩和効果をもつことができる。 また上場投資信託の買い入れは,需給をサポートすることを通じて資産市場において価格の下支え効果をもつ。

 (3)バランスシートの拡大は,ゼロ金利を維持できる水準以上にマネタリーベースといった中央銀行の負債サイドを拡大する政策である。 もし信用乗数が一定であるならばマネタリーベースの拡大はマネーストックの拡大につながり,市中の金融環境をより緩和的にすることができる。 また,バランスシートの拡大には将来においてもより緩和的な金融環境が維持されるという期待を民間経済主体に意識させるという効果(シグナル効果と呼ばれる)があり, (1)の政策と補完的にターム・プレミアムに対する下押し圧力を持続させることにつながる

波及チャネル

 これらの非伝統的金融政策のパッケージは,さまざまな波及経路を通じて実体経済に影響を与える。 Mishkin(1995)*2, 白川(2008)*3は伝統的な金融政策の波及経路として,

  1. 金利チャネル(Interest Rate Channel)
  2. 資産価格チャネル(Asset Price Channel)
  3. 信用チャネル(Credit Channel)
  4. 為替チャネル(Exchange Channel)

の4点を挙げている。 同様に非伝統的金融政策もこれらの経路を通じて,実体経済に波及すると考えられる。

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 (1)金利チャネルとは,実質金利の低下を通じて,民間経済主体が設備投資や住宅投資,耐久消費財への支出を増加させるという経路である。実質金利は予想インフレ率だけではなく,ターム・プレミアムの変化からも影響を受ける。 また信用スプレッドの低下も金利チャネルの構成要素の一つであり,民間債務負担の縮小は民間経済主体の支出や投資を増加させる *4

 (2)資産価格チャネルとは,株価や地価といった資産価格の上昇が民間経済主体の支出を増加させるという経路である。 株価の配当割引モデルによると,株価は将来における予想配当の割引現在価値である。 ゆえに長期金利の低下は,割引率の低下を通じて株価を上昇させる。 同様に地価においても,地価は将来における予想レントの割引現在価値であるため,長期金利の低下は地価を上昇させる。 またバランスシート改善による家計の消費活動だけではなく, 企業の保有する資産価値の変化を通じて,企業の支出活動にも影響を与える。

 (3)信用チャネルは,銀行セクターにおける与信行動および資金調達に影響を与えるという経路である。 経路としては主に(i)利鞘の変化にともなうものと,(ii)担保価値の変化にともなうものの2点が挙げられる。 (i)に関しては,銀行のバランスシートでは一般的に資産と比較して負債の方が平均期間が短いため, 長期金利の低下幅が短期金利の低下幅に比べて大きい場合, 長短金利差および利鞘は拡大する。 (ii)に関しては,担保価値が上昇すると借り手の倒産確率が低下し,また倒産時の回収率も増加するために, 貸借間の情報の非対称性問題は緩まり,外部金融のプレミアムは低下する。 また,信用チャネルは銀行だけに限定されず,企業間信用による資金調達に対しても影響を与える。

 (4)為替チャネルは,為替レートの変化が純輸出や企業収益に影響を与えるという経路である。 他の条件が一定の下では無裁定条件より,長期金利の低下は自国通貨の為替レートの下落をもたらす。

*1:http://public.econ.duke.edu/~staff/wrkshop_papers/2008-2009%20Papers/Bernanke_Reinhart_AER_2004.pdf

*2:https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/jep.9.4.3

*3:

現代の金融政策―理論と実際

現代の金融政策―理論と実際

*4:金融危機環境下において信用スプレッドの圧縮を「明確に」ねらった金融緩和政策は,信用緩和政策(credit easing)と呼ばれる。 信用緩和政策は,主に(i)政策金利の引き下げ,(ii)金融市場の安定性の確保,(iii)企業金融の円滑化の観点から行われる。 詳しくは,Bernanke(2009),Curdia and Woodford(2010)を参照。