アベノミクスの再考(理論的アプローチから)
概要
アベノミクスの理論的根拠を簡単な動学モデルを用いて考える。
(内容の信ぴょう性に対する責任は取りません。)
はじめに
最近久しぶりに名著『金融政策論議の争点 日銀批判とその反論』(2002年)を読み返してみると, 岩田一政氏(元BOJ副総裁,現日本経済研究センター代表理事)が著した第3章「デフレ・スパイラル発生の可能性」が興味深かったので, メモしたいなと記事化することにした*1。
- 作者: 小宮隆太郎,日本経済研究センター
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2002/07/01
- メディア: 単行本
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今回はいわゆる動学マクロ経済学のアプローチを使って,アベノミクスの理論的根拠を考えたいと思う。
モデル
モデルは岩田氏の記事から援用。 閉鎖経済を考え,モデルが5本の方程式体系で示されると考える。
ここでは需給ギャップ(正ならインフレ・ギャップ,負ならデフレ・ギャップ), は実質自然利子率, は長期実質利子率, は物価上昇率, は目標物価上昇率, は短期市場利子率, は長期市場利子率, はリスク・プレミアムである。
(1)式は,ヴィクセルが"Interest and Prices"(1898)で示した市場金利・自然利子率と需給ギャップの関係式である。 (2)式は,物価上昇率と需給ギャップの関係式である。 (3)式は,Taylor ruleとゼロ金利下限を示す式である。 (4)式は,長期市場利子率が短期利子率とリスク・プレミアムの和であることを示す。 (5)式は,いわゆるフィッシャー方程式である。
ここで(3),(4),(5)の式を(1)に代入すると
を得る。 (6)式と(2)式の2本の動学方程式が,経済と均衡を説明する。
動学
図では,次のようになる。
はゼロ金利の境界線によって場合分けされる。 この の短期金利ゼロの境界線は,(3)より
で得ることができる。
(7)の境界線によって,テイラールールが機能する領域(正常な安定均衡解Aをもつ領域に対応)と,有効に機能しないゼロ金利の領域(不安定な鞍点均衡解Bに対応する)に 場合分けされる。
Aの領域では, 曲線 ()は
となる。
Bの領域では, 曲線 ()は
となる。
位相図と動学的分析から,2つのことがわかる。
ゼロ金利下(Bの領域)では,金融調整ができず不安定な鞍点デフレ均衡が成立し,鞍点経路から外れるとデフレ・スパイラルやインフレ・スパイラルにつながる。
デフレの均衡点における物価下落率は,
に等しい。デフレ・ギャップが存在する下で現実のデフレ率がこの均衡デフレ率を上回ると,デフレ・スパイラルが発生する(不安定な均衡Bの左下)。
アベノミクスとの関連点
為替との関係
モデルでは閉鎖経済を仮定したが,海外部門を考える。 を海外需要(すなわち,対外輸出)とすると,(2)の式は
となる。このときデフレ均衡Bは左側にシフトし,デフレ・スパイラルとなる領域は縮小する。 もし仮にアベノミクス下での円安が輸出増につながっているならば,以上のメカニズムが働いていると考えられる。
潜在成長率の引き上げ
アベノミクスの「3本の矢」の3番目は,構造改革である。 構造改革によって自然利子率(実質資本収益率)が引き上げられるならば,インフレ・ギャップは拡大し不安定な領域は縮小する。
金融・財政政策
アベノミクスの1本目の矢はQQEであり,2本目の矢は財政出動である。 を実質マネタリーベースもしくは財政支出とすると,(1)は
となる。 である場合,均衡点Aの上方シフトと均衡点Bの下方シフトにつながり, 安定領域は拡大する。
追記
*1:書評として,以下のような記事を見つけた。 d.hatena.ne.jp
*2:Andrea De Michelis, Matteo Iacoviello, "Raising an inflation target: The Japanese experience with Abenomics", European Economic Review 88 (2016), http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0014292116300411